町屋斎場とは

町屋斎場

町屋斎場
〒116-0001
東京都荒川区町屋1-23-4
TEL(03)3892-0311
FAX(03)3892-2029

町屋斎場は、火葬場と葬祭ホールの両方の設備を併設している、便利な施設です。
ただし、町屋斎場は、葬儀社ではありません。
葬儀社を通してホールの利用申込みと、火葬申込みをしなければなりません。

町屋斎場を利用するメリット

良く知られている有名斎場です

町屋斎場は、都内でも良く名前の通った有名斎場です。参列の皆様にお知らせする時に、
場所がすぐにわかる人が多いです。
格式は、優れたレベルの斎場です。

火葬場と葬祭ホールが同じ建物にあるので、大変便利です

火葬場と葬祭ホールが同じ建物内にあるため、お通夜、告別式、火葬までの全てを、
ここで済ませることができます。

火葬場に移動するための霊柩車やマイクロバスの費用を節約できます

同じ敷地内に火葬場あるので、葬儀後、火葬場に移動する手間が無くなります。
移動のための霊柩車やマイクロバスの費用を節約できます。

町屋斎場を利用する時の注意点

葬儀社選びが大切

町屋斎場は、どの葬儀社でも利用が可能です。
町屋斎場そのものは、葬儀社でないために、良い葬儀社選びが大切になります。
この斎場でのお葬式に慣れている葬儀社を選びましょう。
また、人気のある斎場なので、時期により混んでいると、予約が難しいことがあります。
場合によっては、すぐに他の斎場を手配したり、日程を調整したりする必要があります。
そうした場合でも、すぐに対応できる葬儀社を選びましょう。

その歴史

江戸の火葬は、市街地が形成されていくに伴って、
各寺院の片隅で荼毘(だび)所・火屋(ひや)として臨時的に始められたと考えられています。

1657年、明暦の大火以降、江戸の街が拡大整備されていきます。
火葬場も郊外地へ移転され、専用施設化していきました。
それが、江戸五三昧(さんまい)という、小塚原・千駄木・桐ケ谷・渋谷・炮録新田の火葬場です。
幕末には南千住南組(小塚原)・深川霊巌寺・代々木村狼谷・上落合村法界寺などがあります。
例えば、千住の火葬場は、四代将軍徳川家綱が上野寛永寺へ墓参の際に、
火葬の臭気が東叡山にまで、到達したのをとがめて、
下谷や浅草の寺院の火屋を移転させて設置させたものです。

1669年、寛文9年、小塚原(南千住南組)に一町四方(約1ha)の土地を画して除地(のけち)として、
火葬寺20か寺が建てられました。
下谷・浅草あたりの各寺院から移されたもので、火葬寺・火屋などともよばれました。

1887年、 明治二十年、周辺の市街化により廃止されます。二年後に町屋に移転しました。
同二十年、火葬場の増設許可が下り、東京博善社が日暮里火葬場を新設しました。
その後、同火葬場は町屋火葬場の隣地に移ることになました。

1894年、明示三十七年、移転とともに、町屋火葬場と合併しました。

現在、町屋斎場は民間会社㈱東京博善によって、経営運営されています。
平成6年に改装され、現在もとてもきれいです。

建物の概要

建物・・・・・3階建
火葬炉・・・・・12基
休憩室・・・・・15室
式場・・・・・10室
控室・・・・・10室
コーヒーコーナー・・・・・2ヵ所
売店・・・・・4ヵ所

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